October 03, 2007

風船爆弾 秘話

Fuusen 風船爆弾 秘話 櫻井誠子著 光人社 2007/4/15発行 271頁 1900円
図書館で風船爆弾の新刊本を見つけた。これまでの本では殆ど触れられていなかった高度維持装置の仕組みやバラストとして砂袋投下方式から次の開発、漏斗から砂を投下して高度調整する方式の仕組みについて詳しく書かれている。実際には余り投下される事なく終わってしまった。その装置は大きさ10cm、重さ100g。アネロイド気圧計で高度を感知し、歯車のようなもので砂袋を爆破・投下していた。これらは横浜の女子高生達によって組立られていた。風船爆弾は、当時の値段で一個一万円。約9000個放球し、約1000個がアメリカ本土に到達していた。(MASA)

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April 13, 2007

日本飛行船物語

20070410a 秋元実著 光人社NF文庫 433頁 2007/4/15発行 914円
筆者は昭和3年生。詳しい図と写真入りで興味深い。飛行船第一号から戦時中の風船爆弾まで

第一章 天翔る船の神話と伝説
第二章 空飛ぶ方法の模索
第三章 幕末気球奇談
第四章 日本気球事始
第五章 日本軍用気球の歩み
第六章 日本軍用飛行船の歩み
第七章 風船爆弾

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April 06, 2007

桜舞う旧陸軍登戸研究所跡

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小田急線生田駅から明治大学生田校舎に向かう。入り口の守衛室にキャンパス内に入る事を告げて入る。30m位の階段を登ると生田神社。境内には、「登戸研究所跡碑」がある。裏には、「すぎし日々この丘に立ちめぐり逢う」旧陸軍登戸研究所有志とある。
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昨年は、桜だけを見にきたが、今日は旧研究所跡を探訪。農学部の前に登戸研究所時代からの★消火栓を見つけた。★は陸軍のマークである。農学部出身の植村直己さんの慰霊碑が傍にある。
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もう少し奥に進むと、木造の研究室が数棟残っている。5号棟C実験室。学生食堂の前にも、★消火栓を発見。きちんと保存されているようだが、灰皿代わりにタバコが捨ててあった。学生諸君よ、歴史を知って欲しい。
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さらに、26号棟実験室は蔦に覆われている。恐らくここが、生物兵器や新型特殊化学兵器を開発していた実験室であろう。終戦の62年前(1945年)まで、ここが使われていた。昭和史の貴重な建物である。
Meiji_1 Google Earthで見ると、が消火栓の位置。△に見えるのが植村直己碑、5号棟実験室、26号棟実験室は一番奥にある。 (MASA)

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August 09, 2006

風船爆弾

Suzukis_1 風船爆弾 最後の決戦兵器 鈴木俊一 著 2001/7/9発行 人社NF文庫 242頁 619円
…直径10メートルの気球は和紙と蒟蒻糊で作られ、焼夷弾を懸吊し、高度1万メートルの太平洋上を音もなく飛翔する。国運を賭して膨大な労働力と国家予算の一割が投じられた奇抜な作戦の全貌。…
 鈴木俊平氏(本名、俊一 昭和2年生)は、当時、18才、風船爆弾の飛翔の一部始終を目撃している。計画の全貌と気球の仕組みが分かる。私は気球の自動飛翔の仕組みに興味を持ち、数々の著書を読んでみた。…福島県太平洋沿岸、大津の気球放球場跡に建立された『わすれじの平和の碑』に氏の平和への祈りが残されているという。引用させていただきます。

  日本と風船爆弾
 海のかなた
 大空のかなたへ
 消えて行った気球よ
 あれは幻か
 今はもう
 呪いと殺意の
 武器はいらない
 青い気球よ さようなら
 さようなら 戦争
※先日、新聞の訃報記事で氏が終戦の日を待たず、8月9日に胃癌で亡くなられたことを知りました。79歳。… ご冥福をお祈りいたします

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April 08, 2006

風船爆弾とは

江戸東京博物館の東京大空襲の展示場(5F)の一角に風船爆弾の1/5の模型が展示されている。
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実際は直径10m、ライトブルー。19本のロープに吊るされた自動高度保持装置は円形のホイールの上に取り付けられている。3個の無液式気圧計(アネロイド気圧計)の開閉によって、高度が下がると2.5Kgの砂袋を一個ずつ投下。(総計28個=70Kg)。高度が上がりすぎると気球下部の排気バルブを開く。これを繰り返し50~70時間程度でアメリカ本土に到達。4個の1.5Kg焼夷弾と15Kg爆弾を投下し、最後に気球を爆破して証拠隠滅を図る。
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気球は下半球は三層、上半球は四層で青いこんにゃく糊とラッカーが塗られ、58%の水素を入れて飛ばした。一気に8000m以上に上げるため、朝凪、夕凪時に勿来、大津、一宮の三箇所(それぞれ18放球台)から上げられたが、そのうち日中にも上げられるようになったので、皆の知るところになる。昭和19年11月から20年3月まで9,300個が放球され、アメリカ本土には285個到達の記録がある。
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各地で作られた和紙(ゴワ)は、宝塚劇場や国技館の組立工場で女学生によって昼夜三交代で貼りあわされ、鉄道によって運ばれた。アメリカでは最後まで放球地を特定できなかった。そのため、兵器工場を潰すしかなかった。組立工場は東京の下町、小倉、呉としられていたから、3月10日、一気に東京下町に焼夷弾を落とすことになる。一坪辺り10個の激しさだったらしい。最初、下町の周囲に落とし、円形となって燃え上がる所を目掛けて落とした。B29は日本を通過し殆どが中国に着陸した。
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たまたま、泊まりでなかった神田の女学生は命拾いをしたが、数百mの差で墨田区向島時、業平橋あたりは壊滅状態となった。当時は、敵機に目立たないように電燈に覆いをかけ、窓は目張りをしたが無駄だった。川が上空からはっきり見えるのだ。陶製容器に入った消火弾や土嚢袋は何の役にも立たなかった。それでも降伏しない日本に対して、原爆投下にエスカレートして行く。呉近くの広島に、そして小倉は天気が悪かったので長崎に落とすことになる。(MASA)

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風船爆弾(その後)

図書館から二冊借りてきました。児童書を含めると十冊位はあるようです。
Juniorbb 「中学生たちの風船爆弾」 中條克俊著 平成7年8月15日 さきたま出版会
 朝霞第四中学校の1年1組全員が入学直後、自分達の町のことについて調べ発表することになった。ところが、自分の町について殆ど知らない。興味が無い。農産物や地場産業を模造紙に書けばいいだけという。子ども達の発想に担当の先生は困ってしまう。資料を写すだけではなく、この土地に埋もれていることを皆で調べ出そう。「昔、風船爆弾というものが、ここで作られたんだよ。」と誘導するが、『先生がやりたいだけだ』と一向に乗り気にならない。結局、何班かに分けてとりかかることになった。ところが、子ども達は探検ごっこの気持ちで、お年寄りから話を聞き出してくる。資料も殆ど無いが、戦後50年の当時、お年寄りは孫達に話し出す。それが、「中学生と風船爆弾」に纏まり大反響。更に、地域だけではなく、都道府県庁の資料課にも問い合わせ、「続・中学生と風船爆弾」も作成。そして、英訳してワシントンのスミソニアン航空博物館にも資料請求を試みる。5カ月後、詳細な資料が届く。子ども達のQ&Aと先生の指導もあって、素晴らしい教育となっている。(まだ読み中)
Womanbb_1もう、一冊
「女たちの風船爆弾」 林えいだい著 1985年2月10日 亜紀書房
以前、このアルバム編を見たが、これも読んでみる。(MASA)

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March 28, 2006

九研・登戸研究所跡碑

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枡形山の花見の後、この辺に旧陸軍の第九研究所(登戸研究所)があったことを「風船爆弾」(ふ号作戦)の本で知り探してみた。登戸研究所は外界とは隔絶された所にあり、各種の極秘研究が行われていたという。昭和20年終戦とともに閉鎖されて61年の今、この辺は大学や住宅地になっている。「登戸研究所跡碑」は明治大学生田校舎の西側の登校口から登った生田神社の敷地内にあった。昭和63年10月に登戸研究所有志によって建てられていた。…(MASA)
 『すぎし日々この丘に立ちめぐり逢う』 昭和63年10月 登戸研究所有志 建之

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March 13, 2006

創業1653年、小津和紙

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「風船爆弾」を読んでいたら、東京で和紙の取り纏めに1653年(承応2年)創業の小津和紙に陸軍から依頼があったと知った。Webで調べてみたら、日本橋三越の傍にある事を知り、早速昼休みに行ってみた。(いつもこの辺まで昼食に来るのだが知らなかった。)先代は伊勢から江戸に出てきて紙問屋を開いた。今は立派なビルだが、この場所に建てられた。一階に入ってみると、一瞬、反物屋とも思うほど色とりどりの紙を売っている。書家用の半紙、葉書き、タペストリーなど…しかも、手頃な値段で欲しくなる。一角には、紙を漉くコーナーがあって、職人さんが厚手の葉書きを漉いていた。漉いて行きませんか、と言われたが次回にすることにした。(大人:A3 1枚、A4 2枚で1000円)二階は博物館になっていて、当時の商家の道具(千両箱、算盤、印鑑入れ、焼印、大福帳)など、350年前のものが見られる。江戸の地震、関東大震災、東京大空襲を生き抜いてきた物ばかり。家訓というか、商人の心得七か条には、5番目に、(一)お客さんの前では爪楊枝は使わぬこと。皆に見られているから、そういうことはするな。という意味が書かれていた。日曜日は閉館。入場無料。(MASA)

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March 12, 2006

風船爆弾

BaloonYoshino 今日、図書館から借りていた本を返し、新しく借りてきました。
風船爆弾 純国産兵器「ふ号」の記録
吉野興一著 304頁 朝日新聞社

いま、読み中。(MASA)

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March 10, 2006

風船爆弾(その1)

終戦の一年前の昭和19年11月から翌年の3月まで、アメリカに向けて風船爆弾が流された。

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